津軽笛奏者 佐藤ぶん太、

ぶん太、のあゆみ

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ぶん太、のあゆみ

1976.6
佐藤ぶん太、この世に生を受ける。
10時間を越える難産で産まれ、頬と背中に黒々とした毛が生えていて母はびっくりしたそうだ。しかも仮死状態で産まれてきたらしい。助産婦さんがお尻をたたくとやっと産声をあげた。(母談)記念すべき産声は「にゃ~。」

1978.8
ねぷたの骨組みを作る父の影響でねぷたにハマり始める。
暇があれば年中どこでも太鼓を叩き近所の皆さんにホメられる(笑)

1980.6
地元の交差点で近所の女の子にいいところを見せたくて意気揚々と横断していたところ車にはねられる。5m位の飛距離だったとか? びっくりして怖くなり”走って”自宅へ戻る。誰かが通報してくれていたらしく、程なくして救急車が。”メモA”をつければ治ると言い張るが、そんな言い訳がまかり通るわけでもなく病院へ。診断結果は打撲のみ。結局擦り傷を”メモA” で治す。

1985.8
ねぷた笛を始める。ねぷたの時に登山囃子と出会い、教わりに行く。最初習った師匠はものすごく怖くいつも泣いていて、「いつ辞めようか」と思っていたが、お山参詣の露店にあった射的にハマり、今後も継続していこうと決意する(実話)

1986~1993
小中は野球少年、高校ではラグビー部に所属しながらも笛はライフワークのように続ける。

1994.9
高校3年の時、登山囃子本大会で優勝!でもその後伸び悩む(笑)

1999
囃子を習いに来ていた子どもたちに、「バンドはかっこいいって言われるけど、登山囃子やってるって言うと馬鹿にされる。」とい言われ、ライフワークにしてやってきた登山囃子は”音楽の中”で馬鹿にされるような低俗なサウンドなのかを検証してみたくなり、そのためにはセッションをしてみようと考え、行動を開始する。

2008.10
ここまでの期間で”津軽の笛がもっと評価されるべきだ”と確信し、津軽の囃子=酒飲み&低俗というイメージを払拭するのと、コア層だけではなく一般層も津軽の囃子に親しみ愛好してもらおう!ということで新たな試みをする「横笛普及プロジェクト」を発足!セッションコンサートと囃子発表を融合させたスタイルで発信し始める。

2009・2010
世界の笛が集まる笛の祭典「万笛(ばんてき)博覧会」に津軽笛の講師として参戦!!
津軽笛がいよいよ拡散し始める。

2011.7.31
ねぷた囃子でギネスに挑戦!記録達成!! 構想3年、準備期間2年半を経て行ったこの事業。発案者で後に引けない状況から実行委員長になり、大きな重荷を背負って毎日痩せる思いをする。(思いだけ)3,742名で笛合奏ギネス世界記録達成!この無謀な挑戦が成功したのは多くの方々のお力添えがあったから。人間まだまだ捨てたもんじゃないって心底思った。

2013.7
世界的和太鼓奏者「林田ひろゆき」さんにお声掛けいただき、初めての海外公演をフランスにて行う。予想を超える反響に、津軽の笛は本当に世界へ通づるものだと確信する。

   

2014.7
またまた世界的和太鼓奏者「林田ひろゆき」さんにお声掛けいただき、海外公演をシンガポールにて行う。自身初の海外での笛ワークショップを行い、好評だった!と個人的には思っている(笑)

2015.7
月刊専門誌・邦楽ジャーナルで1981年の創刊以来初めて横笛の特集記事が組まれる。テーマは「津軽の笛」。全国の邦楽関係者にも津軽笛の認知度があがる弾みとなる。

2016
次世代へ繋がるさらなる発展を目指し、2016.3.21ブンダー企画事務所設立。
決戦の地ニューヨーク、
そして
トルティーヤの地メキシコで演奏
なんとこの年から何を思ったのか【笑】
全日本横笛コンクールを開催!スゲーうねりが!!

2017〜
そして今後もっと精力的に活動を行います!!

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