師弟のこと。教えること。


最近思う。ずっと胸にしまっておいたのだが、書いてみると何かわかることがあるかもしれない。

教える事の難しさのこと

曲を教えたり、上達して行ってもらうサポートならいくらでもできる。全部あるものを教えてその人の為になるならなんでも教えようと思っている。

少し年齢が行ってくると、僕の本意を受け取ってくれる人がほとんどだ。

でも、どんどん伸びる若手については上手く行くパターンも当然あるがそうでもない場合もある。

僕がまだ親として我が子を巣立たせていない半人前だからなのかもしれない。

名店の飲食店がやる「暖簾分け」のように、巣立たせて良いタイミングってあると思う。

実際僕の最初の就職先はホテルで、コックを7年もやってきたけど、1番大切なことを僕は教わり切らずに辞めたのだと思う。

だからおそらく僕は料理人としては通用しないまま終わっていくのだとも思う。

それは多分、どの業界でもとても多い事かもしれない。

どの世界でもプロでやっていき切る事は容易ではないと思う。

華があればあるほど、その裏には大変な努力がある。

どうも多くの若い子は

「もうちょっとでこの子は、僕の元から飛び立ってもなんとかやっていけるだろう」

という

「もうちょっと」

を乗り越えないまま旅立っていく。

僕もそうだった分、もうちょっとを越えないと業界で生き残って行けないからそこまで教えて行きたいと思っている。

僕の本音は受講生のニーズに合わせて楽しく教えたいがモットー

当然みんな目的はそれぞれ。

  • 楽しくみんなでやる為
  • 自分の限界に挑戦!
  • チームで笛が必要で

などなど。みんな自分の目的を達成出来るようにこちらも努力を惜しまず指導する。

でもプロになると決心した人は、演奏力だけではなく、プロで生きていく事はどういうことかも伝えていくべきと思っている。

それが「もうちょっと」の部分。

そこからがほんとの師弟関係なのだと思うの。生き方、物事に対する想いを伝える、それが伝承することなのだと私は思う。

ジャッキーチェンの映画クレイジーモンキー〇〇拳シリーズを知ってる人は、主人公の流れを知ってると思う。

  1. とにかく弱いが戦わなければいけない。そして不甲斐ない負け方をする。
  2. 風変わりな師匠に出会い半信半疑で修行を積む。
  3. 気がつくとめちゃくちゃ強くなっている。
  4. 自分はもうひとりでやって行けると思って師匠の反対を押し切りボスキャラへ。
  5. コテンパンにやられ師匠の元へ戻る
  6. 修行を積み直し最後は勝つ。

ハッピーエンド!

しかしながら本来はこのようにうまくいかない事ばかり。

大体5のコテンパンまでは一緒だが、うまく行かない時は、その人の人間性でいくつかパターンがある。

1、戻ってくるが、自分の想像通りに伸びず結局脱落

2、バツが悪くて戻れず

3、戻ってくるが、努力をせず「〇〇の弟子です」という看板で生きようとする

4、帰ってくるけど、その時は成長期のチャンスを完全に逸してしまい、平凡な演奏までで終わる。

ここまで来ると個人的に笛の事は正直どうでも良かったりする。

僕は笛の上達ではなく、笛と出会う事で、今後の人生にプラスになってくれたらそれでいいんです。

結局演奏にはその人の人間性が出るので、スキルがアップした時自分がどんな人間かが重要だし、

私自身1番気をつけている部分。感謝の気持ちを忘れないように生きたいと常に思っている。

僕も笛に影響を受けてプロの道を目指して教えを乞いにきてる人がいるならば、

僕には

その人をプロに育てることへの責任

もすこしだけかもですが出てくると思うんです。

そしてもし一生懸命ついて来てくれたのに僕の指導力不足で育てられなかった場合でも、せめてその子の将来が明るくなるような指導をしたいと思ってます。それは社会に出てから役立つ人材育成。

そんな想いで接しても、習っている子が自ら離れていくのは仕方ないのだけど、その彼らが良い人生を送れなかった時、僕の心の片隅に自責の念が残ると思う。

ここからは自分で勉強して進んでいけば道は開ける。何か道に迷ったら遊びにおいで。

と気持ち良く送り出せる前に飛び立った教え子がもし

社員という立場ではなく演奏を優先させる為にバイト生活しながら自分のブレイクを待ったけど25歳になってもなかなか進展しない。

30歳になったら若さで来てた仕事が自分より若い人に取られて、どんどん仕事が減り、結局普通の仕事をしようとするけど、30歳で一般的な社会人の生活をする時、自分の教育係は多分結構な歳下。同い年は役職を貰い立場が全然違う。そんな中仕事をする。

コック時代、会社員時代に他の業種から転職してきた方を何人も見てきた。

ほんと現実は残酷だった。

自分の教え子にそのような思いをさせていいのか?

ほんとに心が苦しい。

でも上記の話をしても1番重要な「もうちょっと」を達成していないまま自分で進みたい道があるから巣立ちたいのであれば

「頑張れ!」

としか僕は言えない。送り出すしかない。もう僕には何もしてあげられないし、忠告しても聞いてもくれないであろう。

プロを目指す子にきちんと巣立てる様に指導していこうと思っても、本人が受け取りたいのは技術のみだとしたらこちらも教える気が無くなるし、多分そうやって成長したんだろうなぁって思える自分の周りにいる人はどこかで落とし穴に落ちている。

で、それに気がつき結局数年後やっぱり教わりたいと来たケースもあったけど、上級になればなるほど、上達の見た目が牛歩の歩みになる。その上指導を仰ぎに来なくなると、以前の成長してきた勢いがある時とは違い、ここからもう一度成長の車を手動で動き始めさせる事になる。止まった車を動かすのと全く同じで、かなりの労力が必要になる。

それに耐えきれないケースが殆ど。

自分で独り相撲をとって「こんなはずじゃなかった」と去っていく。

こんな事が指導してきた中でいくつかあった。そうなると今まで否定的だった考えである

「あくまでスキルは教えるけど、育ったと思ったらあとは自力でやって下さい」というスタイルがいいのかなぁ。と頭をよぎる。

又は、

若手は心揺らぐのが仕事みたいなところもあるけど、今後の人生に大切な成長期の10代後半から20代前半は社員をしながら笛のセミプロ活動までをOKにして、バイトではなく責任ある立場の会社員になり、少し仕事を覚え、後輩もでき、ボーナスも出るようになってから改めてプロになるか、セミプロでいるかを考え直した方がいいのかとも思う。

成長のプロセスは何も笛ではなくても手に入れられるし色んな世界を見て「もう少し」を手にしている人とそうじゃない人が年齢を重ねた時どのようになっているかを勉強するのも悪くない。ただ、バイトは社員ほど序列があるわけではないから、人生の過程が見えない部分も多いので、やっぱり社員になって一般的な社会を勉強してほしい。


単純に僕の指導がビジネスであれば何も悩まない。

でもそれじゃ僕にとっては全国に、海外に演奏や指導しに行く事の意義がない。

薄れつつある郷土愛&芸能の時代の中、地域の祭り(アイデンティティの塊)に欠かせない笛を!文化を!後世に残っていく様にするにはどのようにアプローチしていくべきか?

そこが僕の活動の1番の核。

そのためには次世代の子たちがいい環境で活動できる様に業界自体を育てる事が大切と思う故であるのだが、僕もそうだった様に若い子には伝わらない部分もあるだろう。

だから今後師弟関係を作らないのも選択肢なのかもしれない。

でも僕には笛の師匠がいて、その師匠に時にケチョンケチョンに言われ(笑)

ある程度出来たら「練習は来ていいけど教えないよ、自分で見つけるように」と言われ、育てる過程として突き放されたり、そのくせ吹いてると時折”苦言“や”まぁまぁだな“という言葉に一喜一憂しながらも、師と思いついて行ったら、気が付けばきちんと自分のことを案じてくれていた。まるで親の様だ。

勿論師匠にも、最後までついて来てる人は数人しかいない。だから師匠は師匠で悩んだのだろうと思う。

でも、今僕がこうやって活動できているのは師匠がいたからこそだ。

時代も変わり、こんな考えは古いと言われそうだし、みんな違う人間だから指導法はこれ!と言う正解は今後も出てこないのだと思う。

でも、ひとりでも多く、僕と関わった人が華々しく活躍する景色をリアルに想像しながら気持ちよく送り出せたらと思う。

書いてみて心の中は整理がついたが、結局、解決は出来なかった(笑)

年末合宿今回はメンバーが大きく変わり、新しい若い子が来る。

技術もそうだが、やはり物事との向き合い方を伝えることができたらと思う。